『凶気の桜』ベースを持たなかった時代の窪塚洋介

『凶気の桜』(2002) 丸山 僕は映画の現場を知りませんが、監督はそれこそ“孤高”で、すべて監督が決めるというイメージがありますが。 成島 もちろんそういうタイプの監督さんもいます。でもそれは、撮影所がしっかりしていた時代はできた。昔、大先輩に教…

秋葉原の事件が目覚めさせた現実を誰も見つめることはない『ぼっちゃん』

www.youtube.com 映画は監督、俳優、撮影スタッフなどの極めて特殊な人的資本を労働集約的に用いる生産部門と、劇場という資本・土地集約的な形態を持った流通部門からなっている。特殊な人的資本と資本を遊休させないのは、経済合理性から発する当然の要求…

ホドロフスキー映画にも比肩する、磁場が違った世界としての沖縄「ウンタマギルー」

『ウンタマギルー』(1989年) 日本の映画界は1970年代に助手の採用を中止しました。それは邦画が斜陽になって、撮影所のシステムが崩壊してしまったからです。かつての撮影所は上下関係も厳しく、助手で入った若い人が先輩に技術を習い、監督や撮影、編集、…

日本語ロックとヒップホップの境界線『大和(カリフォルニア)』

『大和(カリフォルニア)』(2018) まず最初に次回(次回の次回かも)予告だが、「路上の映画はいかにジャズやロック、ヒップホップと隣り合ったのか」みたいな内容を書くことを考えている。これは70年代から現在までの日本のインディペンデント系映画が、…

90年代終わり 渋谷路上の千原ジュニア『ポルノスター』

『ポルノスター』(1998)Netflixにて再見 1950年代の映画黄金期以降、日本の映画業界は年々縮小傾向にありました。1970年代には、映画会社が撮影スタジオを経営し、スタッフや役者を直接雇用するというシステムが崩壊。映画人の多くがフリーランスとして活…

目にしながら認識しない現実『サウダーヂ』

www.youtube.com “1970年代初頭、映画産業の斜陽によって各社は軒並み自社の撮影所を貸スタジオにして独立プロやテレビドラマ、CFの撮影もできるようにし、専属スタッフや俳優も解雇して撮影所システムは崩壊した。”(wikipedia「映画スタジオ」) 『サウダ…

現実と作品世界の境界から垣間見える路上の映画

「スタジオシステムが灰に消えたあとの路上映画録」立ち上げました。よろしくお願いいたします。インディペンデントの日本映画を中心とした、路上の映画について取り扱うブログです。以下は蛇足です。